2016/01/27

20世紀の史跡 - クラクフ・プワシュフ強制収容所跡

ナチスの占領時代の強制収容所と言えば、きっとアウシュヴィッツの名が浮かんでくるのではないでしょうか?当時は大規模な収容所の周りにはサブ収容所があり、各種の工場にも強制的に労働に従事させられていた人々がいました。今は観光都市として知られるクラクフにも市の中心から少し外れたプワシュフというところに強制収容所がありましたが、そこを知っている方は少ないかもしれません。

1941年3月3日からちょうど2年に渡ってクラクフの市街地を流れるヴィスワ川の対岸にあるポドグジェ地区(および一部は1941年にクラクフへ合併されたヴォラ・ドゥハツカ村)にゲットーが設置されていました。強制収容所の建設が始まった1942年当時は、ここにはユダヤ人墓地が2カ所にありましたが、ナチスはそれを破壊して墓石を収容所内に収容棟と道路を作るために使ったそうです。
この収容所がプワシュフ強制収容所でした。
12箇所に監視塔が配置され、また高圧電流が流れる長さ4kmの鉄条網によって外界と隔たれていました。ここが強制収容所として単体で機能し始めたのは44年1月からで、その頃、ガス室などが完成しましたが敗退を始めたドイツ軍はそれを実際に動かすことはなく、ナチスによる虐殺の犠牲者は集団墓穴に埋められました。同年の秋になって、虐殺行為を隠蔽しようとしたナチスは、集団墓穴から遺体を掘り出し焼却しました。その数は6千体ともいわれています。生存者は他の収容所へと移送されてゆきました。アウシュヴィッツへの最後の移送は1945年1月14日でした。
 
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クラクフ市プワシュフ地区の緑に覆われた巨大な空き地。
ここは映画「シンドラーのリスト」にも出てきたプワシュフ強制収容所があった場所です。
面積は80ヘクタール。二つのユダヤ人墓地の上に、墓碑を破壊し、建築素材の一部に使って建てられあちこちに監視塔があっただけでなく、電流が流れる有刺鉄線が2重に張り巡らされた柵に囲まれていました。

この収容所内には軍服の縫製、木工、家具修理、自動車修理、電気工事に皮革加工、印刷所など各種の作業所のための特別地区が設けられていました。印刷所はドイツ軍やSSの極秘の指令などの印刷を行うために、夜間操業することが多く、さらに印刷した内容が外部に漏れないために担当した作業員を殺して口封じをするということもあったそうです。また、収容所内の作業所以外にも映画「シンドラーのリスト」にもあったように、近隣の工場に労働力として派遣される収容者もいました

プワシュフ強制収容所の門をくぐったのは延べ15万人。収容者が増えると粗末なバラックをつぎつぎと増築してゆき、住居棟・作業棟を合わせると全部で180棟近くもありました。ピーク時には2万5千人を収容しており、クラクフ以東のタルヌフ、ジェシュフ、ドロホビチといった都市のゲットー閉鎖によって、多くのユダヤ系市民が移送されてきました。中にはスロヴァキアやハンガリーから来た人々もいて、そのほとんどがプワシュフを経由してドイツ本国の強制収容所やベウジェツ(現在ポーランド・ウクライナ国境付近)やアウシュヴィッツといった収容所へ移送されて行きました。プワシュフの収容所での過酷な日々を生き延びた人々の中に、「シンドラーのリスト」によって救われた1100名のユダヤ人がいます。

映画にも残忍な収容所所長として出てくるアーモン・ゲーツ
が住んだ家。ul.Heltmana 22に残っています。
By Cancre (Own work)via Wikimedia Commons 


プワシュフ収容所跡の現在の様子↓







2016/01/08

アウシュヴィッツ博物館のボランティア募集情報

この間、ポーランドでインターンシップとかボランティアとかやってみたいという方から受け入れ先がないかどうかという問い合わせがありました。実はうちの業務とはちがうので、ほとんど情報がないのですが、偶然、アウシュヴィッツ博物館がボランティアの受付をしていることを知っていたので、それをお伝えしました。
ユネスコの世界遺産として知られるアウシュヴィッツ博物館を観光で訪れる方は多いですが、ボランティアについては意外と知られていないかもしれません。
関心のある方のために博物館が公開している情報を転載しておきます。

Volunteers
Volunteering is a popular form of cooperation with the Auschwitz-Birkenau Museum and Memorial, especially among students. Volunteers in the various Museum departments gain experience in preparing and carrying out different kinds of educational, preservation, or publishing projects.
There are two types of volunteer work at the Auschwitz-Birkenau State Museum in Oświęcim:
  • On-site—in Oświęcim, while staying at the Museum 
  • Distance—at home, working on various Museum projects
CONTACT

Candidates

We are looking for adult students, journalists, and teachers. Candidates should have the following character traits and skills, depending on the type of project: an interest in Auschwitz, the Holocaust, and World War II; time for the project; dedication; the ability to use a computer and office equipment; and a knowledge of foreign languages.
Contact and recruitment
Candidates for volunteer work should send their CV to the Museum. The Museum signs a contract for volunteer services with successful candidates. Contracts are for a minimum of 6 months, with a minimum of 40 hours work per month. Under certain circumstances, the period may be shortened to, for instance, 3 months. Candidates who work at the Museum must also present a certificate of insurance.
Board and lodging
Depending on availability, the Museum may offer overnight accommodation in guest rooms, for a fee. The Museum commits itself to providing volunteers with safe, hygienic working conditions, and to inform them of any possible health or safety risks, and of how to protect themselves from danger. The Museum does not cover travel costs or provide board for volunteers.
We are currently seeking volunteers for the following Museum units:
  • The International Center for Education about Auschwitz and the Holocaust 
  • Publishing 
  • Archives 
  • Preservation Department 
  • Library 
  • Public Relations and Communication 
  • Office for Cooperation with Former Prisoners

http://auschwitz.org/en/volunteers/