2016/12/21

ベルリンのクリスマスマーケットで起きた事件のトラック運転手


ベルリンのクリスマスマーケットで起きたテロ事件では罪のない多くの人々が犠牲となり負傷しました。クリスマスの直前にこのような恐ろしい事件が起きたことを大変悲しく思います。心からお悔やみ申し上げます。
トラック内で遺体で見つかったポーランド人男性はウカシュ・ウルバンŁukasz Urbanさんという37歳の運転手で、故郷では奥さんとお子さんが待っていたそうです。車を乗っ取られ、傷を負いながらもテロリストの犯行を阻止しようと試み、最後に銃で撃たれて亡くなったそうです。

この事件ですが日本語のネット情報では今のところポーランド人運転手ということのみが流れているため、運転手がテロに加担していたのではないかという誤解が残るのではと気になりました。

本日ポーランドの主要日刊紙Rzeczpospolitaジェチポスポリタのネット版が下記の記事を掲載したので訳してみました。ぜひ読んでみてください。

元記事 

ベルリンでのテロの実行にトラックを使われた37歳のポーランド人トラック運転手は犯人と戦い、トラックが停車してから撃たれたと19日に起きた悲惨な事件を時系列で再現したビルト紙は書いている。
クリスマスマーケットにいた人々に大型トラックが突っ込んだ事件では11人が犠牲となり、48人が負傷。この事件の実行犯はいまだに拘束されていない。
ポーランド人の運転手が〔犯行時〕運転していなかったのは疑いの余地がなく、犯行を妨害しようとし、鋭利な物で傷〔原文複数形〕を負わされた。その後、車が停車してから犯人は運転手を射殺して車から逃走したとビルト紙はニュースを掲載した。
同紙は、ポーランド人運転手は実行犯が何を計画しているのかを知り、おそらく何とか犯行を阻止しようと試みたと掲載。犯行に使用されたトラックを保有する運送会社の社長で被害者のいとこでもあるアリエル・ジュラフスキ氏はすでにその前の段階で、遺体に残された傷から襲撃犯と戦ったのだということがわかると語っていた。

2016/09/09

ヴィザなし渡航に慣れていると…

今回の視察旅行に参加を希望されている方がポーランド入国にヴィザが必要な国の出身とのことで、大使館領事部に問い合わせてみたところ、全部の書類をそろえて申請用紙を提出に行くのもオンラインで予約制。しかも、その一番早い空きが丸1か月先という回答でびっくりしました。

申請書の提出が1か月先?まったく、いったいいつの時代のどこの国の話なんだろう…。

ふと、大昔にクラクフの米国領事館や西独領事館の前にできていた査証申請のポーランド人の長蛇の列を思い出しました。

提出する書類には旅券に、招聘状、3万ユーロ以上の保障がある保険証券、航空券等などが必要で、今回のように時間があまりない場合は航空券は特に困りますね。2か月以上先の話でなければ、うっかり予約もできないし。

いずれにしても、10月初めの出発だと査証の発給は絶対に間に合わないようです。
領事館の方は、航空券は買わなくても予約確認書だけでよいとおっしゃるけれど、今は予約=決済がほとんど。予約決済してもヴィザが間に合わないというような危ない橋は渡れません。
いまどき1年オープンのノーマル航空券を購入する渡航者はいるのかな。

そして、査証の発給は申請書類受理後、1週間から2週間後だそう。
 
ポーランド入国の査証申請が東京でもこんなに時間がかかるとは。日本人がヴィザがないと入国できなかった時代は申請は郵便でもできて便利でした。なんだか時代を逆行しているような気もしないでもないですが、ヴィザ取得が入国条件になっているお国の方は、申請手続きにたっぷり時間の余裕をもってどうぞ。

申請手続きの詳細→http://tokio.msz.gov.pl/ja/consular_section/tokio_jp_a_115/

2016/09/05

シトー修道会の歴史を歩く オブラの聖ヤコブ教会と修道院

ポーランド西部のヴィエルコポルスカ地方でシトー会の伝道の軌跡のひとつである修道院を見学してきました。

先日ご紹介した蒸気機関車博物館のあるヴォルシュティンから車で10分ほどのところにオブラ村(Obra)があります。シトー会がこの地に拠点を築いたのは1240年のことでした。当初は質素な木造であったのが頑丈な石造りとなったのは16から17世紀のこと。この地のシトー会修道院は1835年、プロイセンによって解体されて、1926年から無原罪の聖母マリア献身修道会がここで活動しています。

修道院内には荘厳な後期バロック様式の聖ヤクブ教会があります。この教会堂自体は1722年から約25年にわたって建設されたものであり、内装はロココと古典様式になっています。
内部の装飾は後期バロック様式


悪魔を象徴するものを踏みつけて歩く意味を持つ階段の一部



主聖壇の聖母被昇天の絵(1756年シモン・チェホヴィチ画)

また教会堂内には1500年のキリスト受難の像(十字架に磔になるキリスト像)や彫刻(1762~64年)アウグスティン・シェープス作Augustyn Schöps があります。教会内のフレスコ画(1753-54)を描いたのはスタニスワフ・ブジョゾフスキStanisław Brzozowski。
さらに壁を見るとこの地方に所縁のある貴族であり選挙君主時代にポーランド最後の王スタニスワフ・アウグスト・ポニャトフスキの選出にかかわった代議員でもあったラファウ・グロフスキと妻ルドヴィカ
の墓碑があります。

世界各国から宣教師たちが持ち帰った品々がすごい

こちらはヨハネ・パウロ2世が寄贈したもの

アフリカからの品々

修道院内の食堂です。金曜日は肉類のメニューは出ませんが
それ以外は食事には制限はないとのことでした。

修道士たちが普段祈りを捧げている礼拝堂
 修道院(1618年)は後期バロック様式で、教会に隣接しています。この修道院は1753年から55年にかけて改修工事が行われ、さらに1920年代には増築と2回にわたって手を加えられています。教会堂と修道院は1932年に文化財に登録されました。
中庭の四角い庭園は周囲を回廊に囲まれ、なかには無原罪の聖母マリア献身修道会高等神学院と海外へ渡った修道士たちが集めた品物が展示されている博物館があります。

    2016/08/24

    機関士気分で体験!ヴォルシュティンの蒸気機関車博物館


    さて、今回は蒸気機関車のファンには垂涎の的であるヴォルシュティンWolsztynのご紹介です。ヴォルシュティンはポーランドの西部にある都市で、地図で見ればポズナンから左斜め下に位置しています。
    さて、ここにはファンにはおなじみの蒸気機関車機関庫があり、今はミュージアムになっています。2年ほど前までは一般営業路線としてヴォルシュティンとポズナン、レシノを蒸気機関車が牽く結んでいましたが、鉄道のイノベーションが進むポーランドで、住民の不満と運行コストの高さなどが原因で、現在はイベントなどで動くだけとなりました。

    この博物館を案内してくださったのはここでは、ヴォルシュティンの名物ガイドといってもよいヴィエスワフ・ヨキェルWiesław Jonkielさん。1967年に鉄道技術学校を卒業後、41年間にわたってずっとこのヴォルシュティンの蒸気機関車とともに歩んでこられた人物。定年後も施設の案内人として活躍してこられ、2011年にはポーランド政府から交通功労勲章を授与されました。下の動画は授与の記念のインタビューです。施設のあちこちをジョークも入れながら熱い言葉で語ってくださり、蒸気機関車についての知識がまるでなかった私もすっかり時間を忘れて見学することができました。

                                      

                                    

    Serdecznie dziękujemy Panu Wiesławowi Jokielowi za profesjonalne i bardzo ciekawe oprowadzenie po parowozowni!

    蒸気機関車が並ぶ


    線路には製造年が記されている


    車体にあるPはポーランド語のpospieszny(急行)の意味で、
    急行の蒸気機関車についている
    車輪の直径が大きなものは、高速でも馬力が弱く、
    径の小さな貨物用機関車はその逆で低速でも、たくさんの
    貨車を牽くことができるのだそう。

    蒸気機関車はこの火室が一度冷えてしまうと再始動
    に12時間かかるというから驚き。
    石炭を火室に入れる作業をさせていただきました。
    これが手は汚れるわ、重いわでなかなか大変。
    こちらは特殊作業用の蒸気機関車で、石炭は使用せず、
    作業ごとに蒸気を貯めて動力源にするタイプ。
    火気厳禁などの作業場で活躍しました。
    レトロなこの客車は1両の2/3が2等車

    そして残りの1/3が1等車になっています。

    除雪車の上の部分に人が乗り、
    雪の様子を電話で後ろに続く機関車に伝えた

    こちらは機関車のメンテナンス機材が保管されている工作場

    堅牢な19世紀のストーブ

    それぞれの蒸気機関車に整備手帳があり、
    これまでの車両の管理状況が非常に細かく記されている

    修理に必要な工具類

    こちらも同様に工具室で

    OはOsobowy、つまり客車用という意味

    こちらは現体制になってからのもの。
    社会主義時代は鷲に王冠がなかったので前の写真と比較すると
    差がよくわかる


    こちらの建物の1階は蒸気機関車やヴォルシュティン、
    鉄道についての展示があり、宿泊施設にもなっている。

    機関庫の見取り図

    鉄道員の制帽

    蒸気機関車を方向転換させる転車台

    転車台の動力機は19世紀のもの
    万が一の場合、真ん中の黄色いハンドルを回転させて手動で動かすことができ、
    それも無理となれば4mの棒を転車台に差し込んで片側10人の人力で回転させるという

    ヴォルシュティンの鉄道博物館



    蒸気機関車博物館へは、鉄道駅からすぐ。
    館内にシンプルな宿泊施設があり、まさに蒸気機関車が夢の中に出てくるロケーションです。

    このヴォルシュティンでは、よくある普通の乗車とはちがう、実際に動く蒸気機関車の運転台に乗って、機関士や機関助手席での作業を体験することができます。鉄道ファンの皆さん、一度ヴォルシュティンに行ってみませんか?

    それでは、どうやって、どこから申し込むのかということになりますが、
    じつはこのパックを取り扱っている旅行会社が1社だけあって、言葉に自信がなくても日本から簡単に申し込みができます。(^^)



    メロディーツアーは日本の旅行会社やお客様向けの手配を専門としていて、日本語OKのポーランドの旅行会社です。ワルシャワ空港からのピックアップや日本語のライセンスガイド付き市内観光手配、アウシュヴィッツ博物館への専用車利用格安ツアー等も取り扱っています。お支払いはクレカで大丈夫です。



    ヴォルシュティン蒸気機関車乗車体験
                                     主催: メロディーツアー
    参加費 98ユーロ(1名あたり)


    出発地:ポズナン
    ・ポズナン本駅 -ヴォルシュティン往復運賃(国鉄在来線)
    ・ヴォルシュティン蒸気機関車博物館入館料

    ・博物館内施設での宿泊1泊分
    ・動く蒸気機関車の運転台乗車体験1回 (食事は含みません)
                      
    -------------------------------------------------
    オプション:
    ワルシャワ発着料金 198ユーロ(1名様)

    日本語アシスト+博物館ポーランド語ガイド付
               98ユーロx(人数)+195ユーロ(日本語ガイド・現地ガイドは1グループの料金)


    お問合せは日本語で↓
    Eメール  office@melodytours.pl  
    http://melodytours.pl/



    Wolsztynへのアクセス


    ポズナンPoznańから列車で1時間30分程度。1時間から2時間毎に運行。 バス便はポズナンバスターミナルから運行。詳細の時刻表はwww.e-podroznik.plで検索できます。

    ポズナンへは、成田空港からLOTポーランド航空でワルシャワ乗り換え、成田・羽田からルフトハンザ・ドイツ航空でミュンヘン、フランクフルト乗り換えで楽々アクセス。また、ワルシャワ、ベルリンからは列車で約3時間。

    2016/08/21

    レトロな車にほっこり…童心に返って楽しめるシチェチン交通技術博物館

    先週ポーランドの北西でドイツ国境から近いシチェチンに行ってきました。
    主な目的はパイロマジックという国際花火祭の下見だったのですが、ほかにもいろいろと見学した場所があり、そのなかでも特に大人も子どもも楽しめる穴場のミュージアムがあったのでご紹介したいと思います。その施設はMuzeum Techniki i Komunikacji (交通技術博物館)といって、回送の路面電車が集まっていた車庫とヤードを近代的に改築した建物のなかに入っています。
     
    こちらが博物館の門から入ると真正面にある建物で中でチケットを購入します。
    おみやげショップやきれいなトイレ(無料)もあります。
                                  
    最初に見えるのが左手の装甲車2台です。

    Jelcz 043は1959年から86年まで製造されたバスで
    その形からきゅうりと呼ばれていた。

    Mikrus 1957~60年の間に約1700台製造された
    排気量296cc、最高速度85km

     ポーランドのファミリーカーとなるはずだった幻の車SMYK
    定員4名、排気量349cc。24台製造されただけで終わった。

    1932年製ストゥヴァーV5 
    ストゥヴァー社は1858–1945年までの間、シチェチンで自動車、
    ミシン、タイプライターなどの製造をしていたメーカー。

    Polski Fiat 126p 社会主義時代の国産大衆車

    こちらはAlba社の原動機付自転車です。
    Albaは1918年にシチェチン近郊ミエジンでオートバイ製造を
    始めたAlbert Baruchの会社で1926年に倒産。

    30年代のアメ車を模倣したこの車はワルシャワという名で、この
    パトカー仕様のものは1963年から87年まで製造された。

    ポーランドのオートバイJunak M07とサイドカー。1954年に製造が始まり、
    当時欧州では質の高さでは屈指のオートバイであったそう。


    こちらは9月25日までの特別展で、子ども用の自動車が24台並んでいます。
    ベンツ、ポルシェ、フェラーリなど1920年から80年代までのおもちゃで、きっとたくさんの子どもの笑顔を乗せて走ったんだと思います。思わずひとつひとつにカメラを向けたくなりました。










    Muzeum Techniki  i Kominikacji
    住所: Niemierzynska 18A, 71-441 Szczecin, Poland
    公式サイト


    休館日: 月曜日


    開館時間:

    火10時-15時(入館無料)
    水10時-16時
    木10時-16時
    金10時-18時
    土10時-18時
    日10時-17時 (8月28日まで) 

    入館料: 大人10PLN 小人/学生等割引対象者 5PLN
    10名以上の団体 5PLN
    ※火曜日は無料

    ※チケットの販売は閉館の30分前に終了



    ☆シチェチンへのアクセス
    成田→ワルシャワ(WAW)→シチェチン(SZZ) へポーランド航空が就航
    または、日本乗り入れをしている航空会社でベルリンへ行き、バス利用。
    ポルスキバス(Tegel空港)、PKS(TegelとSchönefeld空港)、その他の会社もありますが2時間15分程度。

    ☆公式サイト
    LOTポーランド航空 
    ポルスキバス
    PKS Szczecin バス